福岡大学で学び、挑戦し、夢を追う学生たちに迫るインタビュー企画、「ふくらませ、大胆に。」
学びに向き合う姿勢や将来への想い、日々のキャンパスライフを通した一人一人の個性と成長をお伝えします。
バーの向こうに、もう1cmだけ高い世界がある。
山田芽依さん(スポーツ科学部スポーツ科学科3年次生)は、その“見えているのに届かない高さ”と、何度も向き合ってきた。
短距離が好きで入った中学校の陸上部で「長身が生かせるよ」と勧められ、走り高跳びに転身。中学校時代の目標としていた160cmを最後の最後で越え、全国大会への出場を決めた。
「試合後に動画を見たら、跳んだ瞬間の画像がめちゃくちゃ大きく揺れていたんです。撮ってくれていた両親の興奮が伝わってきて、応援される喜びを知った原点ですね」。


高校では強豪校で主将を務め、チームをまとめる難しさと毎日向き合った。自分の記録を伸ばすことと、主将として仲間をまとめる役目とで葛藤した時期もある。悩みながらも積み重ねた姿勢は、「今までのキャプテンで一番良かったよ」という顧問の言葉につながった。その一言が、次の舞台へ進む背中を押した。
福岡大学を選んだのは、日本屈指の競技環境だけではない。スポーツ科学の学びが、跳躍を“感覚”から“設計”へ変えてくれると感じたからだ。
最新の栄養学を学び、「食べない」から「食べながら整える」へ。体脂肪率を測り、ベスト体重を知り、筋力を落とさず身体を絞るための“調整のタイミング”まで考えられるようになった。競技を感覚だけでなく、数字や理論で捉え直す日々が始まった。
だが、いつも記録が順調に伸び続けたわけではない。「これだけ練習したのに」と心が折れそうになる夜もある。そんなとき、彼女を踏みとどまらせたのは、「飛び越えたいのは昨日の自分」という思いだった。誰かに勝つよりも、昨日より少し前へ進めているか。そこにこだわることで、気持ちは自然と前を向き続けた。
その背中を押してくれたのが仲間の存在だった。筋トレに詳しい同級生、栄養の知識を共有してくれる友人、動画を撮って課題を率直に伝えてくれる後輩。福大のトラックには、競技も学びも“独りにしない”空気がある。
「昨日の自分を越えたい」。その思いは、陸上だけでなく学業に向き合う姿勢も変えてくれた。授業にも真剣に向き合い、2年次、3年次と続けて特待生として奨学金を得た。遠征費や用具代を思えば、そのお金は“頑張り続けるための土台”でもある。こうして、成長できる場所はトラックの外にも広がっていった。


そして大学2年次、ホームともいえる「博多の森」で行われた西日本インカレで自己ベストを更新し、2位入賞。長く立ちはだかっていた“170の壁”を越えた瞬間だった。
「家族や仲間たちの顔が浮かんで、ほっとしました。ああ、やっと越えられたなって」。
3年次の今、彼女は高跳びパートのリーダーとして練習メニューを組む立場にいる。仲間の課題に合わせてメニューの強度を段階的に調整し、最適なバランスを探りながら、全員が成長できる方法を模索する。仲間のために考え、動く時間が、自分自身を大きく成長させてくれていることに気付き始めた。
さらに、学部祭では1,000人規模の運営にも挑戦した。実行委員は約30人。その30人をまとめること自体が難しかった。意見の食い違いも起こる中、彼女は個別に声を掛け、全体では「やるしかないから頑張ろう」と気持ちを一つに向かわせた。競技とは違う場で、人の気持ちに寄り添う難しさと大切さを学んだ経験だった。
いつの間にか、自分は支えられる側から、誰かを支える側に立っている。
その実感を強く持つようになったのが、中高生を教える時間だ。福大の取り組みや、知り合いのコーチからの声掛けをきっかけに指導に関わり、「走るのが好き」から始めた子に、高跳びの楽しさや伸びる手応えをどう渡せるか。悩みながら声を掛け、できた瞬間を一緒に喜ぶ。
ある日「大会で記録が伸びました。芽依さんのおかげです」と連絡が届いた。胸がきゅっと熱くなった。今は、その子と同じ大会に出て、同じトラックに立つこともある。緊張と誇らしさが混じる瞬間だ。跳ぶのはもう、自分の記録のためだけじゃない。誰かの時間と重なり、続いていくものになった。
次の夢は、まだはっきりした形にはなっていない。ただ、「自分がそうしてもらったように、誰かを支えられる存在でいたい」という思いはある。競技を続ける中で感じてきた“支えられる心強さ”を、今度は自分が渡す側になりたいと思い描いている。
一つ確かなのは、どんな目標であれ飛び越えたいのは、「昨日の自分」。
次も、きっと跳んでみせる。


【関連リンク】
・公式Instagram(「ふくらませ、大胆に。」別企画掲載)
・スポーツ科学部ウェブサイト
