〔研究者コラム〕「交通をめぐる不思議と読み解き方(第5回)」―宅配とネット通販はウィンウィンの関係を築けるのか?(後編)―

交通経済学を専門とする福岡大学商学部の陶怡敏教授がお伝えするコラム「交通をめぐる不思議と読み解き方」。最終回となる今回は「宅配とネット通販はウィンウィンの関係を築けるのか?」について、前編・後編に分けてお伝えします。

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■当日配送と巨大物流センターの戦略効果

アマゾンが力を入れている「当日配送」の戦略効果を考える場合には、「時間価値」と「速度の経済」の概念が最も重要と思われます。速度の経済とは、需要の変化に迅速に反応すればするほど、在庫コストを中心とするロジスティクス・コスト(戦略的物流コスト)が節約されるということです。在庫コストの削減は投資利益率(ROI)を上げることにつながります。投資利益率は資本回転率と売上利益率に分けられるので、当日配送(回転速度を上げること)は資本回転率を上げるので、投資効率を上げられるということです。

回転速度の上昇は資金コスト、倉庫コスト、商品の在庫中の減価、商品および技術の陳腐化コスト、商品および為替リスクなどのコストの低減を意味します。また当日に顧客の手元に届くことで、不良品の発生、物流設備の故障、受発注ミスおよび返品処理の遅延などのロスをいち早く察知し、管理コストを低減させることもできるのです。

アマゾン独自の巨大物流センター(ニッチなニーズと当日配達ニーズに対応する大規模・大都市立地倉庫) (図2参照)の建設はネットワーク外部性(規模の経済を実現できることならびに出店者・利用者が多いほど便利になること)を得ることが最大の戦略目標であると考えられます。巨大倉庫の戦略効果を解明する場合に考えなくてはならないのは、「ネットワーク外部性」と「配送コスト」という2つの基本的な要因です。ネットワーク外部性は配送コストが臨界閾値を下回ることによって、はじめて実現されます。平たく言えば、アマゾンの巨大倉庫は、ある一定以下の配送コスト内で、できるだけ多くの当日配送を見込めるエリアに立地しているということです。

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(図 2)ネット通販ビジネスモデルの一例(筆者作成)

 

■ウィンウィンの関係の構築条件

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当日配達のアウトソーシングを受託したい宅配業者は、上図2のロジスティクス・プラットフォームを中核とするネット通販ビジネスモデルを構築し、通販業者が営業・企画およびプロモーションなどの中核事業に専念できるようにしなければなりません。そして、物流業者が取引コストの優位性を保つためには設備投資を行うなど常にロジスティクス・プラットフォームと業務プロセスを改善しなければなりません。

アウトソーシングやサードパーティ・ロジスティクス(物流機能を別会社に委託すること)は企業組織間の戦略的提携を意味するので、その成否は通販業者と宅配業者がイコールパートナーの関係を構築できるかどうかにかかっています。この関係のあり方は国ごとにさまざまな社会的認識がありますが、アメリカなどでは、サービスに適正な対価を支払う受益者負担の原則が根付いています。この点については、社会的認識が是正されなければ日本の宅配ビジネスモデルは崩壊しかねません。

戦略的提携は特定の宅配業者が配送コスト・取引コストを低くできる場合に形成されますが、それは次の2つの要件に依存します。第1に、双方が得られる大きな利益(パイ)があること、第2にパイを配分する公正なメカニズムがあることです。これに反し、一方が利益を得るために相手のパイを奪うような行動がとられる場合には、双方に好ましくない結果が生じます。

アメリカの経済学者・アロー(1921年ニューヨーク生まれ。51歳という史上最年少でノーベル経済学賞を受賞)は、「信頼という財は市場で取引できないが、重要な値打ちを持ち、経済システムの効率性を高めるうえで重要な役割を果たす。」と述べています。信頼とは、ある取引のパートナーである一方が、予測でき、互いに受容可能な方法において行動するであろうとするもう一方についての期待です。信頼はプラットフォームの参加者の相互作用によって、長期的に企業の内外に蓄積された情報です。したがって、一度信頼が失われると、直ちに回復することは難しいのです。

これまで述べてきたとおり、日本のネット通販業界は世界に誇る日本宅配業者と共に成長してきましたが、更なる経済成長のために、貨物の時間価値を究明・認識し、企業の利益と社会的価値を同時に実現できる「共通価値の創造」を目指す社会的イノベーションを推進する必要があります。

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