〔研究者コラム〕「交通をめぐる不思議と読み解き方(第3回)」―世界一のタクシー会社(ウーバー)は商用車を持っていない!―

今回のコラムでは、交通経済学を専門とする福岡大学商学部の陶怡敏教授が、「交通料金」「LCC(格安航空)」「宅配とネット通販」など交通に関するテーマで全5回にわたりお伝えします。

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街を歩けばタクシーがすぐ目につきます。タクシーは市民の足として活躍している身近な地域公共交通です。今回は、このタクシー事業に係るビジネスモデルを、シェア経済の視点から見るとともに、近年伸長の著しい米ウーバーテクノロジーズ社(Uber Technologies Inc.)のプラットフォームビジネスと日本におけるタクシー事業の規制改革などについてお話しします。

■既存資源の有効活用

ウーバーは2010年6月に、自家用車のドライバーと、移動したい人を配車アプリで結び付けるサービスを開始し、急成長しています。ウーバーは車を一台も持たずに輸送サービスを提供し、現在は70カ国・地域の450都市以上でライドシェア(車の相乗り)サービスを展開しています。ライドシェアは自家用車のドライバーが暇な時間を使って他人を送迎し、対価を得る仕組みです。特長は時間や車など眠れる資産を有効に活用することです。日本でも2014年6月から東京で提携先のハイヤーやタクシーを配車する限定的なサービスを提供しています。

日本の道路運送法では自家用車による有償運送は原則的に禁じられているので、ウーバーは地方に活路を見いだしています。2016年5月に京都府京丹後市で、同8月には北海道中頓別町でウーバーの配車システム(図1参照)を使ったサービスが始まりました。京丹後市の一部の地域は数年前にタクシー会社が撤退し、中頓別町はおよそ30年前に鉄道が廃線になった町です。京丹後市ではサービス開始から半年で本州を縦断するくらいの距離を走るなど反応は悪くありません。

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(図1) ウーバーの配車システムの仕組みと取引の流れ(筆者作成)

■シェアリングエコノミー

ライドシェアや空き家や空き部屋を宿泊施設として貸す「民泊」のように情報通信技術(ICT)を使って個人が保有する遊休資産などのシェアを仲介するビジネスをシェア経済(シェアリングエコノミー)と呼ばれ、世界で急速に拡大しています。企業価値10億ドルを超える「ユニコーン企業」上位10社にはシェアサービスの事業者が4社入ります。1位のウーバー、4位の滴滴出行(ライドシェア、中国)、5位のエアビーアンドビー(民泊、米国)などです。

シェア経済の最大のメリットは時間やモノなど眠れる資産を有効に使えることです。経済産業省の調査では2013年の空き家率は13.5%(820万戸)と過去最高を更新し続けています。日本自動車工業会の調査では2015年の乗用車走行距離は350キロで2013年に比べると80キロも減っています。ただし、シェアサービスがビジネスとなれば既存の業者(タクシーやハイヤーなど)と競合するため、世界中で摩擦を引き起こしています。住宅に旅行者を有料で泊める民泊を解禁する法律が2017年6月9日に成立し、日本でもシェアリングエコノミーの仕組みづくりがようやく前進し始めました。

■個人間(Peer to Peer)プラットフォーム

経済学や経営学では、シェアサービス事業を「P2Pプラットフォームビジネス」と呼んでいます。P2Pとはもともと、接続されたコンピューター同士が同格で通信し合うネットワーク形態を指した用語です。ここでは取引において個人と個人を結び付けることを意味します。これは、さまざまな店とさまざまな購入者との取引をプラットフォームで仲介するクレジットカードのような「二面性市場」の形態の一つとも考えられます。

「二面性市場」の理論は2014年ノーベル経済学賞を受賞したジャン・ティロール氏らによって明らかにされたプラットフォームビジネスに関する経済理論です。すなわち、店、購入者の両面において参加者が多ければ多いほど取引のメリットが高まるというネットワーク外部性の存在が、シェアサービス事業が爆発的な発展の一因となっています。

「二面性市場」において取引数が幾何級数的に増大するので、シェアリングエコノミーの成長を支える原動力は互いの信頼関係です。信頼はネットワークの参加者の相互作用によって,長期的に企業の内外に蓄積された情報です。プラットフォームの価値を高めるうえで重要な役割を果たします。世界中は産業革命、IT革命といった大きな変化によって豊かな社会を築いてきましたが、これからは信頼を中核とするソーシャルキャピタリズムのような用語で語れるかもしれません。

■日本におけるタクシー事業の規制改革

日本のタクシー事業では参入規制ならびに運賃規制が行われてきましたが、2002年2月これらの経済的規制が緩和されました。この規制緩和のポイントは、事業参入が需給調整規制に基づく免許制から、資格要件を審査する許可制に移行したことで、新規参入や増車が可能となったことです。規制緩和政策により車両数が増加したことから、1台当たりの収入が減少し、基本的には歩合制で働く運転手の収入が減り、安全が脅かされてしまうという問題意識が事業者の間で強まりました。

このため、2009年10月「タクシー適正化・活性化法」が施行され、自主的にタクシー台数を削減することが目指されてきました。2014年にはこの特措法を越える枠組みとして、「タクシーサービス向上法」が施行され、特定地域(札幌交通圏、大阪市域通圏、福岡交通圏)と準特定地域にわけて規制が行われることになりました。

このように、日本ではタクシー業界が規制に守られており、外資系企業が参入するハードルは高いのですが、ライドシェアモデルは着実に浸透し始めています。大手の日本交通(東京・千代田、川鍋一朗会長)は年内にも、韓国のIT大手カカオのタクシーアプリの配車受け付けを始めます。国内最大級の相乗りマッチングサービス「ノッテコ」を運営する株式会社notteco(東京・千代田、東祐太朗社長)は、北海道天塩町で、日本初の地方都市専用長距離ライドシェアの実証実験を2017年3月12日より実施し始めることを発表しました。日本でも参入規制のあり方を真剣に模索する時期に来ていると言えます。

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