【研究紹介】高分子の自己組織化力を解明し、廃棄プラスチックの高性能化マテリアルリサイクルの技術開発に挑む!〔八尾滋 教授(工学部 化学システム工学科)〕

福岡大学工学部化学システム工学科の八尾滋教授は、高分子の自己組織化力(特定の環境におかれたときに、自然に構造を形成する力)を活用し、 環境エネルギーやバイオ分野に機能を発揮する、さまざまな構造材料の創生とそれに関わる基礎研究を基本テーマとし、プラスチックマテリアルリサイクルの技術開発の研究に取り組んでいます。そこで、今回は八尾教授の取り組む研究内容についてお話を伺いました。

 

プラスチックリサイクルの現状と課題


従来のプラスチックリサイクル

研究内容を簡単に説明すると「廃棄プラスチックをもう一度プラスチック製品に戻す研究」になります。廃棄プラスチックのリサイクルには以下の3種類があります。

1.サーマルリサイクル 
 廃棄物を燃焼する際に発生する熱エネルギーを回収し発電や固形燃料などに利用

2.ケミカルリサイクル 
 石油から作られたプラスチックの化学反応を利用して石油に戻し利用

3.マテリアルリサイクル 
 
もう一度プラスチックの原料として再利用

燃焼させるということは、あまり良い方法ではなく最終手段だと思いますが、現在の日本では6割程度そのサーマルリサイクルに依存しています。ケミカルリサイクルは、非常に理想的な方法ですが、コストがとてもかかってしまいます。

最後のマテリアルリサイクルについては、消費エネルギー的に一番優位性がありますが、23%程度しか普及していないのが現状です。それは何故かというと、廃棄プラスチックをもう一度溶かして作られた製品の力学物性(外力に対しての粘れる靭性などの諸性質)が非常に悪いからです。長年その原因は化学劣化にあると信じ込まれてきました。化学劣化というのは紫外線などによりプラスチックの分子量が低下し、ボロボロになってしまうことです。例えると、物干しに使うピンチを長い間使うと表面がボロボロになってしまい、プチンと切れて割れてしまうようなイメージです。従って、そのボロボロになった製品を、もう一度溶かしてもすぐ割れてしまうのは仕方がない、元の新品のような状態に戻らないものを回収して再利用しても意味がないということで、研究が進んでこなかったのです。


プラスチックの物理劣化発現メカニズム

リサイクルプラスチック製品の物性低下は物理劣化が原因

しかし、いろいろと廃棄プラスチックの物性を調べていくうちに、私は化学劣化が力学的な特性の低下原因であることが本当かどうか疑問に思い、実際に調べてみることにしました。すると、化学劣化が起こっていない場合でも成形履歴があるプラスチックは力学物性が低下すること、一方でそのようなプラスチックでもリサイクルプロセスを最適化すれば物性が大きく向上できることを発見したのです。つまり、これまではリサイクルプロセスを工夫することなく、物性が悪い原因をリサイクル不可能な化学劣化と信じ込んで誰もこのような研究に取り組んでこなかったのですが、実は物性低下の原因はリサイクルが可能な物理的な劣化の影響だったのです。

プラスチックは単位構造体であるブロックが積み重なっている、積み木のようなものと考えることができます。そして、そのブロックがうまく積み上がっているか、積み上がっていないかということで物性が変わってしまいます。私は、リサイクルプラスチックは一般的な成形法ではうまくブロックが積み重ならないようになったのではないかと仮説を立て、さらに成形法を工夫することにしました。するとプラスチックの大きな特性である粘り強さの指標である靱性(じんせい)が元の状態に戻ることを見出したのです。

廃棄プラスチックの用途に研究を活用し社会問題解決へ貢献


プラスチック押出成形機

大量に発生するプラスチックごみの解決策の一つとして生分解性プラスチック(自然界で微生物の働きにより分解されるプラスチック)の利用が良く取り上げられています。しかし、生分解性プラスチックは、実はそのまま自然界に放置してもなかなか分解をしないものなのです。例えば代表的な生分解性プラスチックであるポリ乳酸を生分解させる場合には、ポリ乳酸を分解できるバクテリアの入ったコンポストを用意し、さらにその温度を60℃に上げることが必要です。また水の中では分解するバクテリアがいないので、ほとんど分解されない状態が続きます。紙についても、分解菌はいることはいるのですが、それでも土に戻るまでには相当な時間がかかってしまいます。これも、昔、木を伐り出した時、川に流して運搬し、海に浮かべて貯蔵していたことからも、よく理解できると思います。このように生分解性プラスチックといっても無害になるまで分解するには非常に特殊な条件や時間が必要な材料ということが分かります。従って、決して道端に捨ててはいけないものであり、そのようなモラルハザードを起こさないように我々は気を付ける必要があります。

つまり、プラスチックに限らずどんなものでも、人間が作り出し使ったものはきちんと回収するというのが当たり前なのです。プラスチックの場合でも、生分解性があってもなくてもやはりきちんと回収し、回収したものを次にどのような用途にするのか?ということを考えるのが我々の役目になるのです。しかし、もし次の用途の目途もなく回収を進めていけば、当然ものは溢れてしまいます。簡単に次の用途が見つかりやすい材料であれば問題はありませんが、それが難しい場合、その“次の用途を見出す”ことが研究になります。そして、またこのサイクルは何回も回すことが非常に大切です。現在のリサイクルはとりあえず一回ごみ箱などの製品にし、その次は燃やして終わりです。そうではなく、さらに回収して次のプラスチック製品を生産するというサイクルを作ることがとても重要なのです。


押出された溶融樹脂

高分子の自己組織化力を活用し、100%に近いプラスチック製品再生を目指す

従来のプラスチックのリサイクル方法でよく行われていた手法は、物性が上がらないことが前提とされていましたので、とりあえず添加剤をたくさん入れ、何とか製品化するというものでした。すると最終製品では、元のリサイクルプラスチックは2割ぐらいしか残っておらず、リサイクルなのかどうか分からない状態になっていましたし、また値段もどんどん上がってしまいました。私の研究はその前提条件が違っています。高分子の自己組織化力を活用することで、添加物を入れることなく、リサイクルプラスチックのみで良好な物性を持つ再生製品を作るプロセスを見出すことが今の研究目標です。

 

「まず常識を疑ってみること」それが研究の原点


リサイクル樹脂の完成

斬新な研究は、「常識は真実ではない」ということから始まります。常識は便利ですが、それが本当かどうかは調べてみないと分かりません。私の研究についても“化学劣化に決まっている”という常識がありました。また、研究の途中では”リサイクルプラスチックは訳の分からないことが起こっているから、それに手を突っ込まないほうが良い”と言われたこともありました。しかし、訳の分からないことが起こっているからこそ、研究しなければならないのです。もしもその時研究から逃げてしまっていれば、このような研究成果は得られていませんでした。

例えばの話ですが、私達がニュースで、”廃棄プラスチックは化学劣化しているために商品価値がなく、リサイクルがなかなか進まない”という話題を聞いたとき、大半の人は何となく感覚的に納得してしまいます。一方、その直後に、”海洋を漂うプラスチックごみは分解せずにいつまでも海の上を漂っていて大変です”という話題を聞いても矛盾を感じません。これらは本来は真逆の内容なのですが、場面が違うと人間はその矛盾に気が付かないのです。それは何故かというと、両方とも普通は常識と言われていることだからです。ですから、そのように常識に縛られていると研究を究めていくことはできないことになります。「これは常識だから…」と誰かが言ったとすれば、まずそれは疑ってかかるべきですし、そこに新たな発見があると思います。


実験室の風景

自由な発想で、まず試してみる!

高分子に関しては、まだ解明されていないことがたくさんあり、やるべきことは枚挙にいとまがないと感じています。特に、状況に応じて分子そのものの形や集合状態を変えるという生き物のような特性が高分子独自の魅力だと思います。従来のリサイクル技術では、プラスチックを溶かして無理やり型に押し込んでいたのですが、そうするとどこかに無理が生じてきていたのだと思います。そうではなく、高分子本来の“形を作る力”を活かすことが大切です。プラスチックのリサイクルにおいても、その力の特性を利用して再生に活かすというのが、私の研究の独自性になります。

卒業研究や修士論文研究でも、指導する先生の言ったことをそのままやるのではなく、多少外れていても構わないので自分の自由な発想でとにかく試してみるということが大切です。また、いろいろと言い訳をする前に一回実験してみること、そしてその時の自然が発する些細なシグナルを見落とさないこと、そうすれば、そこから何かがきっと発見できるはずです。

 

八尾教授は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の2019年度NEDO先導研究プログラム/新技術先導研究プログラム「プラスチックの高度資源循環を実現するマテリアルリサイクルプロセスの研究開発」のプロジェクトのリーダーとして、他大学や民間企業と共同で本研究を推進します。

 

 < プロフィール >
   1981年 京都大学 工学部 高分子化学 卒業
   1983年 京都大学 工学研究科 高分子化学 博士前期   修了
   1986年 京都大学 工学研究科 高分子化学 博士後期   単位取得満期退学 (工学博士)
   1986年   宇部興産株式会社 入社
   1999年   宇部興産株式会社 高分子基礎研究部長
       2001年   宇部興産株式会社 先端材料研究部長兼ナノテクノロジー推進グループグループ長
   2006年 宇部興産株式会社 次世代テーマ探索グループ長兼ナノテクノロジー推進グループグループ長
   2007年 株式会社三菱総合研究所 シニアリサーチプロフェッショナル
   2011年より現職

 

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