今、特に話題となっている「働き方」。労働法を専門とする法学部の所浩代准教授が「長時間労働と労働法」というテーマでお伝えしてきた本コラムは今回が最終回です。
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(バックナンバー)
第1回:はじめに
第2回:日本人は、働きすぎ?
第3回:1日の労働時間の上限は?
第4回:月80時間の残業は違法?
2015年のクリスマス、広告大手の電通に勤めていた女性が、長時間労働の末に自殺するという痛ましい事件が起きました。遺族は、労働基準監督署に労働災害の受給申請(仕事による傷病や死亡に対して払われる保険給付)をし、労働基準監督署は、この自殺が労働災害に当たると認めました。このように、労働者が過労によって精神疾患を発症し労災申請するケースは、毎年かなりの数に上ります。たとえば、2016年では、仕事によって精神疾患を発症したとして労災申請が認められたケースが全国で472件ありました(うち、過労自殺は93件)。
また、冒頭にあげた電通では、1991年にも労働者が過労自殺する事件が起きています。同じ会社で痛ましい事件が繰り返されたことは、社会全体で重く受け止めなければなりません。そこで、今回は、1991年の電通事件を取り上げて、使用者に課せられた「労働者のいのちを守る義務(労働契約法5条)」について考えてみたいと思います。
1991年8月、当時電通に入社して1年5カ月であった男性が、月に100時間を超える長時間労働が続いてうつ病を発症し、自宅の風呂で自殺しました。彼の両親は、息子は過労自殺したとして、電通を相手に損害賠償請求訴訟を起こしました。最高裁は、使用者には、労働者が仕事による疲労や心理的負荷によって健康を損なわないように注意する義務(安全配慮義務)があり、電通は今回その義務を怠ったとして、両親の訴えを認めています。
長時間労働は労働者の健康を損ねるおそれがあるので、使用者は、労働基準法違反とはならない場合であっても、「その人にとって」過重な労働になっていないかどうか、常にチェックし、必要な場合は仕事量の軽減などの対策を素早く打たなければなりません。労働者の体調不良を認識しながら何も対策を打たないことは、違法行為となります(安全配慮義務違反・労働契約法5条)。裁判になった場合は、被害を受けた労働者(死亡した場合は遺族)に損賠賠償の支払いが命じられる可能性もあるのです。
以上、「長時間労働と労働法」をテーマに、労働基準法と労働契約法の内容を簡単に紹介しました。労働をめぐるトラブルは、今回取り上げたもの以外にも数多くあります。都道府県の労働局には、無料の相談コーナーが設けられていますので、職場で困ったことがあれば、ここで解決のヒントを得ることができます(電話相談可)。労働基準監督署も、労働条件などの相談に応じていますので、ぜひ、一人で悩まずにプロの力をうまく活用してください。
所准教授の著作
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『会社でうつになったとき労働法ができること』(旬報社、2014年)
労働時間規制や過労死などに対する補償制度を、分かりやすく解説した本。コラムで紹介させている法制度を、さらに詳しく知りたい方におすすめです。 -
『精神疾患と障害差別禁止法~雇用・労働分野における日米法比較研究』(旬報社、2015年)
障害差別禁止法を世界に先駆けて導入したアメリカについて研究した本。日本の障害者法制についても解説しています。じっくり法学の議論を味わいたい方におすすめします。
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