〔研究者コラム〕「あまり知られていない犯罪心理学の世界(第3回)」―目撃者の証言―

近年、日本のみならず世界中で無差別性や動機の不明性が際立つ犯罪が相次いでいます。そういった犯罪に対し、犯人の性格特性や行動傾向などの解明を通して、犯罪予防や犯罪捜査などを行うのがいわゆる「犯罪心理学」です。

今回のコラムでは、佐賀県警科学捜査研究所研究員の経歴を持つ人文学部文化学科の大上渉准教授が、その犯罪心理学について「目撃証言」「プロファイリング」などに焦点を当て解説します。

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事件の捜査・解決が職務である警察官にとって、目撃者の証言は真実追究のための貴重な情報源の一つです。物的証拠が乏しい事件ではなおさらです。この目撃証言は多くの心理学者の研究対象でもあります。なぜならば、事件を目撃してから証言するまでのプロセスが、ヒトの記憶プロセス、すなわち「記銘(記憶すべき情報を覚える)」「保持(情報を保持し続ける)」「想起(情報を思い出す)」と見事に対応しているからです(大上、2016)。

したがって、目撃証言の性質を理解し、またその機序を説明するために、心理学、特に認知心理学の理論や知見が多く用いられています。実際の刑事事件の裁判において、心理学者が目撃証言の信頼性などを鑑定することもあります。

さて、多くの心理学者が目撃証言に目を向けるようになったのは、認知心理学者のエリザベス・ロフタスによる「事後情報効果」研究(Loftus,1979)がきっかけです。事後情報効果とは、目撃者の記憶が変容してしまう現象のことをいいます。

ある事件を目撃したとしましょう。目撃した出来事を警察官に証言するまでの間に、私たちには事件に関連するTVニュースやネット記事、うわさ話など(これらを事後情報といいます)を見聞きする機会があります。事後情報に触れると、オリジナルの記憶がその内容に沿った形に変容してしまうことが、実験室研究や数々の事例から繰り返し示されています。事後情報の中には、目撃時には知り得なかった情報や誤った情報が含まれている場合もあります。そうすると誤った証言をしてしまうことになり、最悪の場合誤認逮捕の原因にもなりかねません。

残念ながら、目撃者の証言についてはそれほど信頼できるものではないということが、現時点における心理学者の一致した見解です。その一方で、正確で詳細な目撃証言を得るための研究も続けられています。

詳細は割愛しますが、証言聴取時に記憶の性質に沿った教示を行うことが一つの方法です。例えば、思い出せないことであってもヒントを与えられて思い出した経験は皆さんあるかと思います。

私たちの記憶はそれぞれ個別に貯蔵されているのではなく、すでに頭の中にある関連する知識や似たような経験などと結び付けられて保持されています。この性質を利用し、証言聴取時にどこで事件を目撃したのか、事件現場はどのように見えたのか、その時何を感じ、どんなことを考えていたのか、といったことを思い出させることで(Fisher & Geiselman,1992)、それらがヒントとしての役割を果たすことが知られています。それにより目撃した出来事を正確に思い出しやすくなるのです。こうした教示などをまとめ、目撃者の記憶想起を促すように工夫された事情聴取方法を「認知面接」といいます。

<引用文献>

  • Fisher, R. P., & Geiselman, R. E. (1992). Memory enhancing techniques for investigative interviewing : The cognitive interview. Charles C Thomas Publisher.(宮田洋・高村茂・横田賀英子・横井幸久・渡邉和美(訳) 2012 認知面接―目撃者の記憶想起を促す心理学的テクニック 関西学院大学出版会)
  • Loftus, E. F. (1979) Eyewitness Testimony. Cambridge, MA: Harvard University Press.(西本武彦(訳) 1987 目撃者の証言 誠信書房)
  • 大上渉(2016)目撃者の記憶 日本犯罪心理学会(編)犯罪心理学事典、丸善出版、224-227.

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大上准教授が執筆に関わった書籍が出版されました。

  • 『心理学ビジュアル百科』(越智啓太編、創元社)
    目撃証言やポリグラフ検査、神経生理学的な犯罪原因論などを解説しています。
     
  • 『犯罪心理学事典』(日本犯罪心理学会編、丸善出版)
    「目撃証言」と「テロ犯罪」について解説しています。

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