〔研究者コラム〕「あまり知られていない犯罪心理学の世界(第1回)」―イメージが先行する犯罪心理学という学問―

近年、日本のみならず世界中で無差別性や動機の不明性が際立つ犯罪が相次いでいます。そういった犯罪に対し、犯人の性格特性や行動傾向などの解明を通して、犯罪予防や犯罪捜査などを行うのがいわゆる「犯罪心理学」です。

今回のコラムでは、佐賀県警科学捜査研究所研究員の経歴を持つ人文学部文化学科の大上渉准教授が、その犯罪心理学について「目撃証言」「プロファイリング」などに焦点を当て解説します。

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初めて会った女性を見て、彼女のバッグや靴などから出身地や父親の職業、彼女の仕事、その仕事に就いた動機までを推理し、滔々(とうとう)と披露してみせたのは、小説『羊たちの沈黙』などに登場する食人鬼・ハンニバル・レクター博士でした。

また、初対面である男性の体格や姿勢、ぎこちない左腕の動き、顔と手首の日焼けの違い、それから地理や気候、当時の英国を巡る軍事・外交情勢などの知識も加味して、その男性がアフガニスタン帰りであることを見事に当ててみせたのは、推理小説界で世界一有名な私立探偵、シャーロック・ホームズでした。

どちらも犯罪を題材にした映画や小説の登場人物なのですが、彼らは他人の心の奥底に分け入り、その秘密を暴き出します。その鮮やかな推理に私たちは魅了されてしまうのです。その証拠に、例えば、全世界には「シャーロキアン」と呼ばれる熱狂的なホームズファンがいることは皆さんもご存じのとおりでしょう。

さて、私が専門とする学問の一つは犯罪心理学です。この犯罪心理学という学問は、誰しもが知っており、関心を寄せます。しかしながら、その実態を正確に把握している人はそうはいません。レクター博士やホームズらの印象が強烈であり、犯罪心理学=犯罪者の心を読む(マインド・リーディングする)というステレオタイプが定着しているように思えます。このことから犯罪心理学は、イメージ先行型の学問といえるかもしれません。 

レクター博士やホームズは華麗なる推理を披露してみせましたが、その背景には膨大な知識・経験に裏打ちされた、卓越した観察眼と洞察力があります。これらは犯罪心理学の学問的知見というよりも、彼らがこれまでに獲得した個人的技量やスキルに近いものです。

では、実際の犯罪心理学とは一体どのような学問なのでしょうか。第2回は「さまざまな形の犯罪心理学」と題して解説していきます。

<参考文献>

  • 廣野由美子(2009)ミステリーの人間学―英国古典探偵小説を読む 岩波書店

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大上准教授が執筆に関わった書籍が出版されました。

  • 『心理学ビジュアル百科』(越智啓太編、創元社)
    目撃証言やポリグラフ検査、神経生物学的な犯罪原因論などを解説しています。
     
  • 『犯罪心理学事典』(日本犯罪心理学会編、丸善出版)
    「目撃証言」と「テロ犯罪」について解説しています。

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