〔研究者コラム〕「クリスマス(第5回)」ートーマス・マンの『ブッデンブローク家の人々』を読んでドイツのクリスマスを知る(下)ー(人文学部ドイツ語学科・マーレン・ゴツィック准教授)

12月も半ば。街はクリスマスムード一色になっています。3人の先生がお届けしている「クリスマス」をテーマにしたコラムの5回目です。第5回を担当するのは、第4回に引き続き、人文学部ドイツ語学科のマーレン・ゴツィック准教授です。

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ツリーの下に置かれたプレゼント(写真:Ariane de Siron)

「クリスマス・・・高い、白ラック塗りの、まだかたく閉ざされている両開きの扉の隙間から、樅の木の香りが漂ってきた。そしてそれがその甘い芳香によって思い描かせるものは、みんなが毎年のことながら、あらためて胸をときめかせながら、つかみがたい、こと世ならぬ華麗なものとして待ちこがれている、あの広間の中の数々の奇蹟であった・・・ぼくには、あの中に何があるだろう?」

トーマス・マンが描いた『ブッデンブローク家』のクリスマスは約150年前の上流家庭が舞台です。ドイツ帝国が成立する直前で、もちろん政治制度、社会構造等は現在のドイツとは大きく異なります。ブッデンブローク家には数人の使用人がおり、貧しい人のためにささやかながらもクリスマスプレゼントが用意され、教会の少年合唱隊がクリスマスソングを歌いにきます。家が豊かであることは手間暇かけて飾ったクリスマスツリーや豪華な食事、そしてハノーのクリスマスプレゼントからも伝わってきます。

マンの小説は当時の社会を詳細に描写しています。そして何よりも、マンは登場人物の性格や心理状態を上手に 表現しています。豪華なクリスマスを背景に描かれたハノーの子どもがわくわくしている様子は普遍的なもので、この本を読む楽しさでもあり、私の個人的な体験とも重なっています。

「ハノーは一人だけ広間に残った。(中略)大きなクリスマスー・ツリーのローソクは燃え落ちていた(中略)。ハノーはクリスマスの香りと物音とを心底から味わっていた。手の上に頭を支えて、(クリスマスプレゼントの一つであるギリシャ)神話の本を読み、機械的に、そしてそれがクリスマスと切り離せないものだったので、マルツィパンやアーモンド・クリームや乾葡萄入りケーキなどの菓子を食べた。そしてはち切れんばかりの胃がひき起こす不安なうっとうしさがこの夕べの甘美な興奮と混じり合って、憂鬱な幸福感を生み出していた。(中略)一時間後ハノーは(中略)、ベッドに横になっていた。(中略)ハノーの閉じた目の前に、贈物の広間の輝きが改めて燃え上がっ た。あの芝居の舞台、オルガン、神話の本が目に浮かび、どこか遠くに少年合唱隊の「声高らかに歓呼せよ」の歌声が響いた。あらゆるものが微光を発していた。疲れからくる熱が頭の中でうなりを立て、反逆する胃のために少し圧迫され不安を覚えている心臓がゆっくり、強く、不規則に鼓動していた。不快感、興奮、息苦しさ、疲労、幸福の混じり合った状態のままハノーは長いこと横になっていて、寝つくことができなかった」

私は小さい時にクリスマスツリーの下で寝ようと試みたことがありました。寒過ぎてすぐにベッドに戻ってしまいましたが。皆さまも良いクリスマスをお過ごしください。Frohe Weihnachten!

  • (出展)
    『ブッデンブローク家の人々』トーマス・マン全集1、森川俊夫訳、新潮社、1975, pp.415~432により引用

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