〔研究者コラム〕「クリスマス(第4回)」ートーマス・マンの『ブッデンブローク家の人々』を読んでドイツのクリスマスを知る(上)ー(人文学部ドイツ語学科・マーレン・ゴツィック准教授)

12月も半ば。街はクリスマスムード一色になっています。3人の先生がお届けしている「クリスマス」をテーマにしたコラムの4回目です。第4回を担当するのは人文学部ドイツ語学科のマーレン・ゴツィック准教授です。

  • ゴツィック准教授の研究実績やプロフィルはこちら

00_line-top.gif

20151208-1.jpg

クリスマスの飾り付け(写真:Ariane de Siron)
奥に見えるのは第2回で紹介したアドベントクランツ

「この年のクリスマスはそういう状況のもとで近づいてきた。小さいヨハンは、イーダがこしらえてくれた、最後の一枚に樅の木が描いてある日めくりカレンダーの助けをかりて、胸をときめかせながら、他に比類のない時が近づくのを待ち構えていた」

ドイツ文学における最も有名なクリスマスの場面はこのように始まります。1901年に出版されたトーマス・マンの最初の長編小説『ブッデンブローク家の人々』です。北ドイツ上流階級の商家の四世代目で9歳になるヨハン(皆からはハノーと呼ばれる)を通して、語り手がわれわれ読者にクリスマスを、まるで五感で感じているかのように、追体験させます。ちなみに上述の日めくりカレンダーは「アドベントカレンダー」といい、19世紀半ばにはドイツのプロテスタント地域に広まるようになりましたが、まだ商品化 はされていませんでした。

「前兆が増してきた・・・(中略)すでに大広間は曰くありげに鍵がかけられ、テーブルにはマルツィパン(マジパン)だのブラウネ・クーヘンなどの菓子がすがたを現し、市中はクリスマス気分だった。雪 が降り、酷寒が訪れ、ひりつくような、澄みきった大気の中を(中略 )、手廻しオルガン弾きの聞きなれたメロディ、あるいは哀切なメロディが街路づたいに響いてきた。ショー・ウィンドーの中は、はなやかなクリスマスの飾りつけだった。マルクト広場の高いゴシックふうの噴水の回りには、クリスマス市の色とりどりの見世物が小屋をはっていた。どこへ出かけても、売られている樅 の香とともに、祭りの芳香を吸いこむことになるのだった」

12月のドイツに旅行された方なら見覚えのある景色が浮かんだのではないでしょうか。現在と変わりなくブッデンブローク家の家族が集まり(大家族ですが)、皆でプレゼントを開けたり、たくさんのお菓子やクリスマス料理(ブッ デンブローク家は鯉と七面鳥を食べますが、伝統的にはガチョウの方が普通です)を食べます。大人もクリスマスの準備を頑張っています。

「クリスマスの儀式のために定めた荘重なプログラムは堅持されなければならなかった。そして、深い、真剣な、熱烈な喜びの気分に充たさるべき今宵が、ふさわしい経過をたどるかどうか、その責任は自分にかかっている」

しかし、主な儀式が終われば大人は日常に戻り、いつもの会話も交えながら食事を楽しみます。それに対してクリスマスを長く強く待ち焦がれていた子どもであるハノーは、クリスマスの儀式が終わっても、いつまでもクリスマスにとらわれています。マンが鮮やかに描写したハノーの姿は次回紹介します。

(出典)

  • 『ブッデンブローク家の人々』トーマス・マン全集1、森川俊夫訳、新潮社、1975, pp.415~432により引用

01_line-under.gif

小バナー.png