〔研究者コラム〕ー「お酒をめぐる人と自然(第1回)」清酒:水と米とこうじ菌ー

今回から5回にわたり、「お酒をめぐる人と自然」に関するコラムを紹介します。コラムを担当するのは二宮麻里准教授(商学部)です。

二宮准教授のプロフィールや研究情報等はこちらをご覧ください。

先生の研究テーマの一つである「お酒」との出会いは、友人と初めて酒蔵を見学した時でした。薄暗い酒造で、ぽたぽたと酒袋から滴っていた搾りたての清酒を口に含んだ瞬間、大きく心が動かされたのだそうです。それは「大吟醸雫搾り」という特別な製法で作られた、めったに巡り合うことのできない貴重な清酒でした。

それから7年、それまでとは別な方向性を持ちたいと考えていた先生は「自分が本当に好きなものは何か。本当に楽しいと思えることを研究してみよう」と決意します。その時、一番に頭に浮かんだのは7年前のあの日に出会った美しい酒蔵の風景だったそうです。

何の「つながり」も「知識」も無い状態から始めた「お酒」の研究でしたが、お酒業界の方の助けを受けながら研究をつづけ、現在では国内外のお酒の流通にまで研究の幅を広げています。

今回から5回にわたるコラムでは、先生が魅了された「お酒」の世界を紹介してもらいます。

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(写真)佐賀県三養基郡みやき町 天吹酒造酒蔵の梁と天井

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(写真)山口県宇部市永山本家酒造場(「貴」醸造元)瓦屋根と煙突の風景

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お酒は、農産物加工品です。気候風土によって生み出される自然の産物で、大げさかもしれませんが、人類の歴史だけではなく、地球の歴史とも深く関わっています。最初に清酒の原料についてお話しましょう。

清酒は、水と米とこうじ菌が基本の原材料です。まず水について。清酒成分の約7~8割が水によって占められています。他にも洗米や、タンクや道具を洗うのにも大量の水を使うため、清酒醸造所は川の伏流水など、豊富な地下水が湧き出るところに立地しています。

蔵元は「良い水」を求めて、蔵の立地を決める場合が多いのですが、そうした場所は、豪雨時に被害に遭うことが少なくありません。福岡県久留米市の山口酒造場(「庭の鶯」醸造元)では、建物内部に水害時の「舟着き場」まで設置しています。

火山国であり、海洋国でもある日本は、何億年、何千万年もかけて、複雑で多様な地層を形成してきました。こうした地層で濾過された水は、カリウム、リン酸、マグネシウムなどの成分を適度に含み、多様性に富んでいます。

例えば、石灰岩でできたカルスト地形のある秋吉台(山口県)地域、花崗岩で構成された六甲山の麓にある灘地域、活火山である阿蘇外輪山を源にする筑後川流域など、銘醸地には特徴ある自然条件が存在しています。

次に大事なのは、お米です。良質な(さかまい)の筆頭にあげられるのが、「山田(やまだにしき)」 という品種です。豊満な大粒米を生み出す品種なのですが、「栽培困難品種」と言われています。なぜなら、約140㎝と草丈が高く倒れやすく、病気にも弱 く、成長も遅くて台風シーズンまで収穫できない上、かつ畠は寒暖の差が大きくなければならず、水量も「適量」でなければならないなど、「土地を選ぶ」品種だからです。昔から、「酒米買うなら土地見て買え」と言われてきました。

肥料のやり方、収穫時期の判断、調整(米粒の選別)なども、普通米とは異なる高度な栽培技術が必要で、栽培地域全体で良質な酒米を栽培するための努力を長期間継続しなければなりません。福岡県糸島は、全国有数の山田錦の産地ですが、地区全体で長年経験をつみ、高品質の山田錦を栽培できる地区(山に近い田圃のみ)に栽培を限定し、専用の貯蔵・調整施設を有しています。

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(写真)福岡県糸島の山田錦―田植え直後にしか見られない田圃に映る空と山

そして、最後に、清酒は「麹菌」というカビの力を利用して生産します。味噌も醤油も、こうじ菌を使って作られた発酵食品です。麹菌は、自然界には存在しないもので、日本人が長い年月をかけて数多くのカビの中から分離、選抜して「家畜化」したと考えられています。

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(写真)こうじ菌を蒸米に振りかける様子

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(写真)黄麹菌(出所:日本醸造協会ウェブサイト

以上、今回は、水、酒米、麹菌についてお話ししました。酒米と麹菌は、「人」の努力の賜物だということがお分かりいただけたのではないでしょうか。次回は、清酒の「造り」について紹介します。

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(参考文献)

  • 北本勝ひこ(2012)「麹菌物語(生物工学基礎講座-バイオよもやま話)」『生物工学』第90巻、424-427頁。
  • 灘酒研究会(1997)『改訂灘の酒用語集』
  • 二宮麻里(2014)「酒類産業における生産・流通規制」『福岡大学商学論叢』第58巻第4号。
  • 兵庫県酒米振興会編(1961)『兵庫の酒米』、兵庫県酒米振興会。

(関連リンク)

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