AIの普及で仕事や社会は
どう変わるか
●AIの普及は、商品やサービスの開発にどのような影響を与えるのでしょうか。

ある企業の方から「毎日お昼ご飯を買いにコンビニへ行くサラリーマンが、混雑する12時を避けて13時に行き、商品棚を見て唯一残っている昆布のおにぎりを買う」というケースについて聞きました。データ上は「13時過ぎに昆布のおにぎりが毎日1個は売れる」ということになります。すると店では「13時に昆布のおにぎりがよく売れている」と判断して、昆布のおにぎりが13時に充実するようになる。でも実際は、昆布しか残っていないから仕方なく買っているのであって、そのデータが何を意味しているのかまでは分からない。データやAIを活用してマーケティングを行うのであれば、現場の観察力や利用者の声を聞くことが重要になります。
商品開発では、データを収集する人と企画する人のコミュニケ―ションが問われてくると思います。特に企画側がどんな観点からデータを集めてほしいのか、しっかりと伝えることが良い商品の開発やサービスの提供につながっていきます。
AIは膨大なデータから確率や統計を駆使して必要な情報を抽出する機能に長けていますが、その前段階であるコンセプトの部分を人間がしっかり考えていく必要があります。



少し専門的な話をすると、情報処理には3つの要素があります(図1)。情報を「検索・収集」して、それを「分析・判断」し、その結果を「伝達・蓄積」するわけですが、伝達・蓄積したものが、検索・収集につながると、持続的なサイクルが生まれます。分かりやすく例えると、グルメサイトで口コミ情報を検索してある店を利用した人が、さらにその店の口コミを書くことで次に検索する人の情報になる、ということです。
現状では、「検索・収集」の部分をインターネットやIоT※が担い、「分析・判断」はAIや機械学習によって行われています。「伝達・蓄積」は現在SNSが主流ですが、今後新しいサービスが出てくるでしょう。まさに森田先生が指摘された「人間が考える部分」だと思います。
また、コンピューター応用のステップは3つの段階に分かれます(図2)。コンピューター支援設計やコンピューター支援診断など「コンピューター(計算機)支援」と呼ばれる技術は、情報処理の一部をコンピューターに置き換えることで効率化するものですが、これは従来の技術でも可能なレベルです。次の段階は「計算論的〇〇(神経科学、精神医学など)」で、研究内容をモデル化してコンピューターの中に取り込むことで予測・予知(シミュレーション)ができるようになる。現在はAIを活用して、この分野に取り組もうとしています。
「計算論的〇〇」のところでモデルをコンピューターの中に作らなければいけないという話をしましたが、次の段階になるとAIが自ら学習し、人間の手を借りずにモデルを構築するようになります。これが「〇〇情報学」という段階で、人間が想像しなかったようなことをコンピューターが作り出すようになる。AIが「まったく新しい世界を創造していくツール」になってくるわけです。「アルファ碁」がプロ棋士を次々に破っていますが、あれは囲碁を学んだコンピューター同士を対決させることで、人間が考えもしなかった手を考えることができた結果だと思っています。




※IoT(Internet of Things):モノのインターネット。モノ(物)がインターネットにつながることで、センサーなどで収集した情報をクラウド上で分析、その結果のフィードバック(画面に表示、音声で回答、作動するなど)が可能になる
●「AIに奪われる仕事が出てくる」とも言われていますが、AI社会の到来は、社会にどのような影響をもたらすのでしょうか。

AI社会が人間にとって楽しい世界になるか、不幸な世界になるかの二者択一ではなく、楽しい世界になるように努力していく必要があると思います。意味のない単純作業を続けることが働く希望を奪っているのであれば、単純作業をAIに任せることで、AIを活用する意味も出てくると思います。



「AIによって仕事が奪われる」とよく聞きますが、本当にそうなのかなと思います。AIに置き換えなくてもよい、むしろ人間の方が向いている仕事や作業もたくさんあるはずで、それぞれが役割分担をしていけば良いと考えます。AIは社会に必要とされることはあっても、仕事を脅かす存在にはならないと思います。



先ほど鶴田先生が言われた「AIは創造のための道具である」というのは的確な表現だと思います。マーケティングには「価値共創」という概念があり、例えばiPhoneを買った人は自分でアプリを入れ、カバーを選びます。つまりアップル社が提供しているのは「資源」であり、完成品にするのは利用者自身と言えます。
それをAIの文脈に落とすと、AIは小説や絵画を自動生成できるのですが、その価値は人間が決めるわけです。これが人間とAIの「価値共創」だと思っています。創造のための「資源」をAIがものすごいスピードで作り、そこに人間が価値を付けて、何かを「創造」する。両者が相互作用することで楽しく、面白いものが出てくると思います。
AIが「創造のための道具」として、あるいは大坪さんの話にあったような「労働意欲を削ぐ単純労働を解消する手段」として活用が進むと、豊かな世の中になると思います。

技術面とは別に、社会の仕組みが大きく変わることも予想されます。
今のAIが語られる背景には「IоT」や「ビッグデータ※」と呼ばれているものがありますが、そのデータの収集や利用の方法を巡っては議論を呼びそうです。分かりやすい例がプライバシーの問題です。ネット上のさまざまなサービスを利用すると自分のデータが知らないうちに活用される可能性があり、それが法律上の問題などは生じないのか、倫理的に許されるのか、技術者だけではなく、いろいろな方と考えていく必要があると思います。
また、AIを搭載したロボットが個性や感情を持った時、「ロボットと結婚する」という人も出てくるかもしれない。その時に、社会としてどのように対応し、法律をどのように整備するか。他にも、AIは人間が対応できない程のものすごいスピードで情報を処理していますから、株取引をAIに任せた時に、投機的なことをやりだすと、それこそ一つの国が潰れることも起きかねません。何らかの規制がないと、あっという間に世界中でとんでもないことが起きてしまう懸念があります。
グローバル化、IT化が進んだ時代は、誰か一人が作ったものが世界を変えていく可能性があります。だからこそ、面白いということだけで開発を進めていいのかを考える必要があるでしょう。AIの開発に携わる人は多岐にわたる分野の人の意見を聞きながら、必要最低限のリテラシーや倫理観を身に付けておくべきで、エンジニアがやろうとすることに、再考を促したり、ストップをかけたりする人の存在も必要だと思います。
※ビッグデータ:ウェブサイト、GPS、SNS、顧客管理データなどから収集した多量多種でリアルタイム性を持つ膨大なデータの集積。情報通信技術の進展により、生成・収集・蓄積・分析が可能になり、利用者のニーズに応じたサービスの提供、業務の効率化などが期待されている
医療・介護
◼ 患者のデータ、医学論文、画像など膨大な情報を解析し、最適な治療法を提示
◼ 要介護者の排尿をセンサーなどのデータから予知
工場
◼ 画像解析技術を使って食品や自動車部品など製造ラインにおける不具合、不良品の検出に活用
農業
◼ 野菜の写真をAIに学習させ、収穫物を色やつや、曲がり具合によって仕分け
家電
◼ 自走しながら掃除し、センサーで障害物や壁の位置を学習、効率よく動くロボット型掃除機
◼ 家具や間取り、人のいる位置などをセンサーで検知して冷暖房を調節するエアコン
金融
◼ AIを使った資産運用の助言、企業への融資可否の判断
◼ 銀行のコールセンター業務において、問い合わせに対する適切な回答を提示
組織管理
◼ 社員の残業時間、有給休暇取得状況、上司の言動、業務内容などの要素を分析し、心身の不調による休職者を予測
マスコミ
◼ AI技術を生かした記事作成。AP通信が企業決算記事を中心に採用、ワシントンポストがリオデジャネイロ五輪で導入
小売・サービス
◼ 3,000人の店員が6万人の眼鏡姿をランク付けしたデータを参考に、試着した眼鏡が似合うかどうかをAIが助言
2016年11月以降、新聞各紙で紹介された事例より抜粋
人工知能やロボット等による
仕事代替の可能性
代替の可能性が高い職業
●一般事務員
●受付係
●タクシー運転者
●宅配便配達員
●ホテル客室係
●レジ係
●電車運転士
●自動車組立工
●新聞配達員
●スーパー店員
●測量士
●ビル清掃員
●保険事務員
●惣菜製造工
●警備員
●経理事務員
●CADオペレーター
●学校事務員
●行政事務員
●倉庫作業員
●郵便外務員
●製パン工 など
代替の可能性が低い職業
●広告ディレクター
●デザイナー
●雑誌編集者
●カメラマン
●ゲームクリエイター
●観光バスガイド
●映画監督
●商品開発部員
●ソムリエ など


出所)野村総合研究所「国内601種の職業ごとのコンピューター技術による代替確率の試算」。項目は抜粋、順不同。
残る仕事のカギは
「コミュニケーション能力」と「創造力」
2015年12月、野村総合研究所はイギリス・オックスフォード大学のオズボーン准教授、フレイ博士との共同研究により、国内601種類の職業について、人工知能やロボット等で代替される確率を試算した。この結果、10~20年後に、日本の労働人口の約49%が就いている職業で代替可能との推計結果を得た(注)。
抽象的な概念を整理・創出するための知識が要求される職業、他者との協調や他者の理解、説得、交渉、サービス志向性が求められる職業は代替が難しく、特別の知識・スキルが求められない職業、データの分析や秩序的・体系的操作が求められる職業は代替できる可能性が高い傾向にあるとしている。
(注)本試算はあくまでもコンピューターによる技術的な代替可能性の試算であり、社会環境要因の影響は考慮していない