小さな目標達成の積み重ねが、

大きな自信につながる

魔法使いのような
銀色のバトンに憧れて

福岡市内のバトンスタジオで練習に打ち込む子どもたちの中に、銀色のバトンを手に練習に励む女性の姿がありました。背筋をピンと伸ばし、まるで体の一部のようにバトンをくるくると自在に操る彼女は、バトントワラーの中村麻美さん。パッと周りを照らすような明るい笑顔で迎えてくれました。

バトンというと、パレードの先頭での演技をイメージするかもしれませんが、そうしたショーでの演技の他に世界を舞台とした競技もあります。バトンを高く投げたり、体の一部に乗せて転がしたりする高度な技術に、体操の動きも組み入れ、音楽に合わせて踊る豊かな表現が魅力的な競技です。

2018年8月、中村さんはアメリカで開催された世界バトントワーリング選手権大会に日本代表として出場。世界16カ国・30人の出場者の中で4位という成績を納め、「ずっと夢だったバトントワーリング最高峰の大会で、これまでで最高の演技ができました」と振り返ります。

体を動かすのが好きだった中村さんとバトンとの出合いは4歳の時。幼稚園の先生の勧めで見学に行ったスポーツクラブで、「お姉さんたちが銀色の棒をくるくると回す姿が、魔法使いのように見えて憧れました」。

他の生徒たちと同様に、小さなバトンを片手で回すことから始めた中村さん。最初はバトンが体に当たり、アザだらけになったそうです。それでも週1回のレッスンは楽しく、程なく大会出場を目指すコースに誘われ、約30年に及ぶ選手生活がスタートします。

さまざまな人との触れ合いが
競技にも生きると福大へ進学

高校では吹奏楽部に入り、ドラムメジャーを務め、さらにバトンも披露するなど、表現の楽しさにのめり込んでいきます。2005年には全日本バトントワーリング選手権大会のソロストラット部門で、高校生ながら大学生・一般部門のメンバーも含めた1位である「グランドチャンピオン」に輝きました。この時初めて、それまでは夢だった「世界」が、目標として見えてきました。

そんな中村さんが選んだ進学先が、福岡大学でした。卒業生である父から大学の話を聞き身近に感じていたことや、福大に通いながらバトンの練習をしている先輩の姿も後押しとなり入学。「私はもともと人見知りの性格でした。総合大学でさまざまな人と触れ合うことは、世界を目指す上でも必ずプラスになると思いました」。

授業とバトンを両立する学生生活に息をつく暇はありませんでした。朝はアルバイト、大学で授業を受けた後、夜はスタジオで約3時間の練習。授業についていくのに苦労しましたが、空き時間があれば図書館に行き授業の課題や試験勉強に集中して取り組みました。

「時間を無駄にせず、有意義に学びたいという思いは、ゼミに在籍していた勉強熱心な中国人留学生の友人に影響されたと思います。私もしっかり両立して頑張ろうと力をもらいました」

大会で授業に出席できない時は、友人がノートを取るなど協力してくれました。大きなバトンケースを背負いキャンパスを歩いていると、「今日も大荷物だね、頑張れ」と、声を掛けてくれる人がいて、その声が大きな励みになったと言います。

忙しくも充実した日々。練習では毎日の課題を設定しながら着実にスキルを高めていきました。そして4年次生の2008年、WBTFインターナショナル大会でソロトワールアダルト部門1位を獲得。世界の頂点に立ち、「バトンで生きていく」と思いが固まります。2014年には、念願の世界バトントワーリング選手権大会の日本代表選手に選出されますが、思いもかけない試練が立ちはだかったのは、その直後のことでした。

疾走の軌跡~写真で振り返る、あの日・あの時~ 疾走の軌跡~写真で振り返る、あの日・あの時~

小学1年生で出場した関西バトントワーリング選手権大会(1993年)

小学1年生で出場した関西バトントワーリング選手権大会(1993年)

卒業式でゼミ担当の姜文源先生と

卒業式でゼミ担当の姜文源先生と

バトンスタジオの長沢裕美子先生と(2007年・カナダ)

バトンスタジオの長沢裕美子先生と(2007年・カナダ)

ケガで入院したイギリスの病院で

ケガで入院したイギリスの病院で

ダミーダミー

第41回全日本バトントワ-リング選手権大会(2016年)での演技



人々の心を動かす
バトンの素晴らしさを
伝えたい

大会2日前に(けい)(つい)骨折
夢の世界大会を棄権

夢の舞台の切符をつかみ、開催地・イギリスに乗り込んだ中村さん。悪夢は大会本番を2日後に控えたリハーサルで起きました。片足で体を回す技の途中に軸足を滑らせて床に顔面から転倒した中村さんは、そのまま立ち上がれず、救急車で病院へ搬送されます。何が起こったのか分からず、ベッドの上で動かせる部位のストレッチをしていると、看護師さんにものすごい剣幕で怒られ、止められてしまいます。

診断結果は第一頚椎を3カ所骨折する重傷。大会は棄権を余儀なくされ、「しばらくは涙しか出ませんでした」。それでも病室で自分が出るはずだった大会の中継を見ながら、「絶対この舞台に戻ってくる」と誓います。

ただ、骨が元に戻るのを待つ間は一人でベッドから起き上がることもできません。他の選手が練習を続ける中、焦りは募るばかり。もうやめてしまおうかという考えもよぎったと言います。

「当時28歳。もともと、この世界大会を最後に、選手を引退しようと思っていました。夢の舞台に出られたら満足だと思っていましたから…」

鬱々とした中村さんの心を動かしたのは、たくさんのバトン仲間から届く千羽鶴やメッセージでした。「バトンができる環境も、支えてくれている方の存在も、いつしか当たり前のようになっていました。自分はこんなに応援してもらっていたんだと、ハッとしました」。

このままやめられない。踊る喜びをもう一度表現し、感謝の気持ちを伝えて恩返ししよう。そう決意しました。

応援してくれた人たちへ
感謝の気持ちを込めて踊る

入院から3カ月後、再びバトンを手にする日がやってきました。最初に挑戦したのは、バトンを上に投げて体を回して取る動き。幼稚園の頃にはできた基本技ですが、素人のように目が回ってしまったと言います。

体力と勘を取り戻すべく、中村さんの戦いが始まりました。これまで以上の体力強化に加え、改めて表現力を身に付けようと、ミュージカルやバレエなどを繰り返し見ては研究します。

「それまでは“夢がかなえられない”“満足のいく演技ができない”など、苦しいことしか考えられませんでした。でもケガをしてからは、バトンができることが楽しくてたまらなくなったのです」

バトンを始めた頃の気持ちを思い出したかのような新鮮な気持ちで、演技に向かうことができるようになった中村さんは、ケガから1年半後の2015年末に、所属するバトンスタジオの40周年リサイタルにキャストの一人として出演、完全復活を果たします。

そして2018年、4年越しの世界大会出場。「4年前のフリースタイルの演技では『白鳥』を踊る予定でしたが、今回は『黒鳥』を選びました。あの時にはなかった“絶対に大会に出るぞ”という強い思いを白鳥から王子を奪おうとする黒鳥の姿に重ね、この4年間の激しい感情をぶつけるように表現しました」。指先まで神経の行き届いた繊細で力強い黒鳥の羽ばたきは、審査員をも魅了しました。

「選手生活の中で最も納得できた演技でした。神様がここまで続けなさいと言っていたのかもしれません」

これまで出場した国際大会で獲得したメダルと表彰盾

これまで出場した国際大会で獲得したメダルと表彰盾

国際大会出場時にもらえる大会ワッペン

国際大会出場時にもらえる大会ワッペン

バトンの認知度向上を目指し、
次のステージへ

世界大会を最後に、第一線の選手生活から引退した中村さん。今は、2019年4月に行われるショーへの出演を集大成と位置付けて練習しています。

「これからの大きな目標はバトンの認知度を上げることです。技術、難易度共に上がっている中で、日本選手の実力は世界トップレベルですが、バトン自体はマイナー競技。選手たちは練習費や遠征費を全て自己負担しながら活動しています。今まで自分のことだけを考えてきましたが、これからは後輩トワラーがもっと世界で活躍できるように、バトンの素晴らしさを伝えていきたい。そのためにも私自身がバトンを広い視野で見られるよう、いろいろな経験を積む必要があると思っています」

練習に打ち込む自分の背中を押してくれた友人たちと出会えた学生時代があったからこそ、「夢を追い掛けながら頑張ろうと思えた」と語る中村さんに、後輩へのメッセージをお願いしました。

「何気なく過ごす日々の中でも、何か一つ目標を見つけてみてください。小さな目標を立てることで、小さな達成感を得られます。それが積み重なれば、大きな自信につながります」

目標に向かって行動し続けることで周りの共感を得、追い風に変えてきた中村さんの競技人生。「言葉で表現するのは昔から苦手なんです。私にとってバトンは唯一、自分の気持ちを素直に表現できるもの。もはや、なくてはならない存在ですね」。

そう言って、微笑みました。

練習用のバトンと、練習時の音楽演奏用に携帯しているラジカセ

練習用のバトンと、練習時の音楽演奏用に携帯しているラジカセ

2018年8月、世界バトントワーリング選手権大会での演技

2018年8月、世界バトントワーリング選手権大会での演技

2018年4月、東京で行われた公演での演技

福岡大学学園通信 No.64
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      松井 敦史さん
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