小さな気付きを大切に。

そこから関心が広がる。

地域観光の拠点・由布院駅の
若き駅長

「こんにちは、いらっしゃいませ」―駅の改札から聞こえる明るい声。大きな存在感を放つ特急「ゆふいんの森」号が停車する由布院駅(大分県)のホームに立ち、降車客に声を掛ける駅員の中に、真っ黒に日焼けした長身の男性の姿が見えました。今回取材させていただく、駅長の森五岳さんです。「ここでは駅長としての仕事以外に、観光地を盛り上げるためのイベント対応など駅の外での活動も多く、こんなに日焼けしてしまいました」と爽やかな笑顔を見せてくれました。

森さんは現在38歳。九州旅客鉃道(JR九州)で最年少の駅長です。2002年に本学経済学部経済学科を卒業後、JR九州に入社。旅行事業本部の営業職やグループ企業である旅館の総支配人など多様なキャリアを重ね、2017年、14年振りに鉄道事業の現場に戻ってきました。

「旅行の法人営業、旅館でのおもてなしなどこれまでの経験をこの観光駅で生かしなさいと、駅長を任されたのかもしれません」

出身は、熊本県水俣市。高校生当時は、福岡は東京に匹敵するほどの都会に見えていたそうです。

「その都会にあって福岡大学は知名度もあり、とにかく大きいというイメージでした。そこで学ぶことで、人とのつながりも、可能性も広がるのではないかと思いました」。元来好きだった社会や歴史に深く関わる経済を学びたいと、経済学部を選択。

「ただ正直なところ、入学後は将来のことを深く考えることもなく、アルバイトやサークル活動をしながら、何となく日々を送っていました」

何となく過ごしていた自分に
スイッチを入れてくれた
ゼミ合宿

将来を考えるきっかけとなったのが、3年次の夏に行った1泊2日のゼミ合宿です。「国際経済学」がテーマの井手豊也先生のゼミ。約20人の仲間が集まった合宿では、卒業論文のテーマと進路について一人ずつ発表しました。

森さんは将来像や目標を漠然としか語ることができず、普段は多くを語らない井手先生にも「もう少し、きちんと考えなさい」と諭されました。その時大きな衝撃を受けたのが、仲の良かった友人の発表でした。よく知っていたはずの彼の口から出てきたのは確固たる就職観と、すでに志望先の試験対策を進めているという事実。真剣に将来を考え、準備を進めていた友人を前に、森さんは「自分は今まで一体何をしていたのだろう」と自己嫌悪に陥ります。ただ、同時に「自分にもやれないはずはない」と奮い立ちます。

業界研究や筆記試験の勉強を始め、OB訪問やインターンシップにも意欲的に取り組みました。「社員が生き生きと働いているか」「自分がそこで活躍する姿を想像できるか」を軸に企業研究を進め、「地元九州をリードする企業で、自分もリードしていきたい」との思いで志望先を絞り込みました。

その中の一社だったJR九州の説明会で福岡大学のOBに出会った森さん。当時、系列のコンビニエンスストアで店長をしていたその方はバイタリティーに溢れていました。自分の仕事のことを生き生きと語る姿と、その方の向上心やチャレンジ精神に、強い共感を覚えたと言います。

JR九州はその頃、鉄道事業のほかコンビニエンスストア事業やマンション・不動産事業などにも力を入れ始めていた時期。一つの街をつくるディベロッパーとしての仕事に興味を持った森さんは、周りの学生が面接で鉄道事業への熱い想いを語る中で「入社後は不動産事業に携わりたい」とアピール。4年次の5月に内定を得ました。入社後の不動産業務に生かそうと、在学中に宅地建物取引士(宅建)の資格も取得しました。

疾走の軌跡~写真で振り返る、あの日・あの時~ 疾走の軌跡~写真で振り返る、あの日・あの時~

学生時代の友人たちと

学生時代の友人たちと(右から3人目が森さん)

旅行事業本部時代

旅行事業本部時代、 好成績により 唐池恒二本部長(現・会長)から表彰を受ける

ウルル(エアーズロック)を背景に

オーストラリアの世界遺産・ウルル(エアーズロック)を背景に

冬の制服はホテルマンをイメージしたデザイン

冬の制服はホテルマンをイメージしたデザイン

現在もバスケットボールチームに所属

現在もバスケットボールチームに所属し活動(右端が森さん)

系列旅館では総支配人を務めた

系列旅館「竹と椿のお宿 花べっぷ」では総支配人を務めた



クルーズトレイン「ななつ星 in 九州」の発車に手を振って応える

由布院駅を
「地域を元気に」の旗頭に

お客さまと向き合い、
相手の立場に立って考える

入社1年目を小倉駅の駅員として過ごした森さんは、2年目を前にした上司との面談で不動産事業を希望していることを改めて伝えました。ところが言い渡された配属先は、企業などに団体旅行を提案するジョイロード(現・営業部旅行課)。最初は戸惑ったものの、企業担当者と信頼関係をつくりながらニーズを拾い上げる仕事は楽しく、視野を大きく広げることができたそうです。

同時に失敗も多く経験し、お客さまにご迷惑をお掛けしてしまうこともありました。特に印象に残っているのは、海外旅行の飛行機予約の伝達ミス。目的地までの直行便の席が取れなかったため経由便に変更したのですが、その情報がお客さまに十分伝わっていなかったのです。「経由便への変更というマイナスの情報に触れるのが怖く、コミュニケーションを怠ったことが原因でした。この経験をしてからは、どんな時も逃げず、誠実にお客さまと向き合うことを心掛けました。このお客さまとは今でも良い関係が築けています」。

お客さまと向き合うことの大切さを痛感した森さんは、担当した旅行はできる限り現地に同行し、同行できない場合でも出発時・到着時には立ち合うようにしました。こうした姿勢が次の受注へとつながり、年間営業成績は全社でトップクラスとなりました。

その後は、旅行事業本部で個人旅行のプラン作成を担当。宿との交渉を通して、その地域の魅力を引き出し、磨いていく視点を養いました。インバウンド担当の際には東日本大震災の影響で海外需要が激減する中、海外の観光客が何を求めているかを現地に飛んでヒアリング。その経験は、今の仕事にも役立っています。総支配人を務めた旅館「竹と椿のお宿 花べっぷ」では、お客さまの情報をさりげなく聞き出しサプライズにつなげるなど、常にお客さまの立場に立ったサービスを心掛け、業績回復を実現しました。

「お客さまが何を考え、何を求め、そのために何をすべきかというマーケティングの基礎は、大学時代に井手ゼミで学んだことです」と振り返ります。

九州北部豪雨で
地域活性化の思い新たに

与えられた仕事を楽しみながら全うし、着実にキャリアを重ねた森さん。2017年には、由布院駅の駅長に就任します。九州屈指の観光駅である同駅の駅長は、由布院温泉観光協会の理事も兼務することになっています。

「由布院駅だけではなく、沿線の皆さんと一体となって地域を盛り上げていこう」と意気込んでいた矢先の同年7月、地域一体は九州北部豪雨に見舞われます。鉄道橋である大分県日田市の花月川橋梁が流され、福岡県久留米市と大分県を結ぶ久大本線のシンボルであった「ゆふいんの森」号は小倉経由での迂回運行を余儀なくされました。

「被災直後の由布院駅前はがらんとして寂しいものでした。久大本線を1日3往復していたグリーンの車体を失った喪失感に打ちひしがれ、かけがえのない存在であることを改めて思い知らされました」

2018年7月14日、1年振りに久大本線が全線運転再開。駅では「ゆふいんの森」号の出迎え・見送りのイベントが盛大に行われました。

「『ゆふいんの森』を沿線の方々と一緒に駅に迎えた時は、本当に感動しました。これまで以上に駅も地域も一丸となって地域を盛り上げ、魅力を発信していかなければと、思いを新たにしました」

森さんは、普段の仕事の中で、地元の方とのコミュニケーションを何より大事にしています。取材中にも、観光辻馬車の御者と笑顔で言葉を交わす姿が印象的でした。

「JR九州の指針に〝地域を元気に〟がありますが、由布院駅はその旗頭となる駅だと考えています。地域の皆さんと一緒に知恵を絞り、訪れた方に本当に来て良かったと言ってもらえる観光地にしていきたいです」

取材当日はクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」も停車

取材当日はクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」も停車

制服の背中には「STATION MASTER」の文字

制服の背中には「STATION MASTER」の文字

現場に出向くことで
見えてくるものがある

由布院駅駅長としての業務に加え、管轄する久大本線豊後中川駅から向之原駅までの17駅がある各自治体を回りながら、地域活性化のために奔走する日々。「やはり机上では分からないことも多いですから。現場に出向くことで初めて見えてくるものがあります」。

由布院駅駅長への着任後も、多くの福大OB・OGたちに支えられているという森さん。後輩たちには、「お互いを高め合える人材にたくさん出会えるのが福大の素晴らしいところ。私自身の反省でもありますが、気付きを大切に一日一日過ごしてほしいですね。小さな変化に気付けばそこから関心も広がり、物事を深く感じ取ることができます」とメッセージを送ります。

山好きの祖父から阿蘇五岳のように雄大な人間になってほしいと名付けられた「ごがく」の名。「今はもっぱら由布岳の岳、と言っています」。駅正面に聳(そび)える由布岳を親しみを込めた表情で眺めながら、今日も笑顔で駅に立ちます。

駅前に立ち観光案内も行う

駅前に立ち観光案内も行う

久大本線を走る特急「ゆふいんの森」号

久大本線を走る特急「ゆふいんの森」号

駅前に広がる由布岳を背景に

福岡大学学園通信 No.63
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  • 特集 福大ファミリーの力
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    人文学部英語学科 3 年次生
    神谷 祥之介さん
    時代を駆ける先輩たち
    九州旅客鉃道株式会社
    由布院駅 駅長
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