近年、各地で頻発する豪雨は、私たちの暮らしに大きな影響を及ぼしています。しかし、その仕組みや危険性を正しく理解する機会は多くありません。
そこで本企画では、専門分野の異なる5人の教員が、豪雨や災害等の実態とリスク、対応策等を本学の取り組みを通してお伝えします。「知ることは備えること」。一人一人の判断や行動を支える力になればと考えています。
今回は、保健師・看護師でもある医学部看護学科の古賀佳代子准教授(専門:災害看護、地域包括ケア、ストレス対処行動)に話を聞きました。
<災害における大きな課題は「災害関連死」>
今、災害や避難生活における大きな課題となっているのが「災害関連死をどう防ぐか」です。「災害関連死」とは、被災後に心身の健康を失って命を落としてしまうことを指します。
代表的な要因は、
・避難所生活で活動量が減ってしまう
・栄養面が偏る
・精神的なストレス
その結果、避難所で起きやすい代表的な健康リスクは次の5つです。
・高血圧
・エコノミークラス症候群
・脱水症
・生活習慣病の悪化
・感染症
座りっぱなしの状態が続いたり、周囲に気を使って体を動かす機会が減ったりすると、血流が悪くなり、血栓ができてエコノミークラス症候群を発症することがあります。持病のある方だけでなく、健康な成人にも起こる可能性が指摘されています。
<特に初夏~夏の被災時に高まる脱水症のリスク>
気象庁が「顕著な災害を起こした自然現象」として名前を付けた豪雨災害19件のうち、九州で起きたものは10件にのぼります(台風を除く)。
このうち9件が実に7月に起きています(1件は8月)。九州に住む私たちにとって、7月・8月は特に注意すべき時期。この頃の特徴を踏まえて対策することが大切です。
気温が上がる7月・8月は脱水症になるリスクが増えます。避難所では「トイレに行きにくい」という理由で、水分を取ることを控えてしまう人が少なくありません。「水が欲しい」と言い出せずに我慢してしまうケースもよくあります。特に、高齢者は喉の渇きを感じにくいため、脱水の初期症状に気付くのが遅れがちです。
<脱水症の初期症状と水分摂取量の目安>
脱水症の初期症状には、
・意識が朦朧(もうろう)とする
・口が乾く
・皮膚の弾力が無くなる
・尿量が減る(トイレの回数が減る)
等があります。
脱水症は初期のサインに気付きにくく、十分な水分を取れているかを自分では判断しづらい状況です。看護師や保健師が常駐する避難所では、目安となる量の水をあらかじめ配り、飲み残している人がいないか声を掛ける等して、脱水症の予防に努めています。
高齢の水分摂取(飲料)目安量は1日1,000~1,500ml(500ml入りペットボトル2~3本)です。ただし、心臓に持病のある方は量が異なるので医師に必ず確認をしてください。在宅避難する場合も、この量を目安に水分を補給すると良いでしょう。
<精神的なストレスは一人一人に合わせたケアが大切>
被災時には「家族の安否が分からない」「自宅が被災して先の見通しが立たない」といった大きな精神的ストレスにさらされることがあります。避難生活が1週間を超えるとこうしたストレスが体調に影響し始めます。
1カ月以上続くと、鬱やPTSDを発症したり、自死に繋がってしまったりすることも分かっています。そうなる前に、専門家からのケアを受けることが大切です。
避難所では、食事を配る際に「共有スペースで皆で食べましょう」と呼び掛けて交流するケースが生まれています。会話が生まれて気が晴れるだけでなく、体調の悪化に周囲が気付きやすくなる効果が期待されています。
賑やかに過ごすことで気が晴れる人もいる一方で、周囲の人と話したくない人もいます。ストレスの発散の仕方は人それぞれですので、無理に誰かに話したり一緒に過ごす必要はありません。
<備蓄は「食べられる」だけでは足りない>
偏った食生活や塩分の多い食事が続くと、高血圧や糖尿病が悪化したり、これまで表面化していなかった血圧や血糖値の異常が現れたりすることがあります。被災直後の食事は、おにぎりやパンなど炭水化物が多くなりがちです。
備蓄を用意するときには、ぜひ炭水化物以外を意識してください。生の野菜は難しいですが、ゼリーのようになっているもの、フリーズドライのスープや味噌汁などで工夫してみてはどうでしょうか。
<地域とのつながりも防災になる>
日頃から、ご近所の方と助け合える関係性をつくっておくことも災害の備えの1つです。
古賀先生は次のように話します。「私が災害看護に関心を持ったきっかけは熊本地震です。父が熊本で一人暮らしをしていたため、とても心配したのですが、近所の方が食事を分けてくださり、父は湧き水がくめる場所を周囲の方に教えたり、水を配ったりしていました」。
『あそこで支援物資を配っているよ』といった情報も近所の方と共有して助け合っていました。そのおかげで想像していたよりも落ち着いて生活できていたんです」。
こうした経験から、災害への備えは非常食や防災グッズを揃えるだけではなく、地域とのつながりを含めて考えることが大切だと古賀先生は言います。
自分の地域で起きやすい災害を想定しておくことも重要です。例えば、近くに川があって洪水が起きる可能性を考えておけば、「在宅避難することになるかもしれないから、家にこれを備えておこう」といったように、自分に合った具体的な備えができます。
自宅近くの避難拠点を複数調べておくのもおすすめです。小学校や中学校だけでなく、他にも避難できる場所はあります。福岡大学も避難対応の場所になっています。
<災害時の健康把握を迅速にする2つの研究>
多くの人が避難するような災害では、地域住民のほとんどが同時に被災していることも珍しくありません。支援する側である医療・福祉関係者も被災している可能性があります。
そのような混乱した状況下でも、災害関連死を防ぐためにはできるだけ早い時期から健康状態の把握が重要です。
古賀先生は、限られた人員でもできるだけ少ない手間で短時間に状況を把握できるように、2つの研究を進めています。
<1.避難所で被災者に配布するスクリーニング票の作成>
事前にスクリーニングを行って優先度の高い人から問診を行えば、リスクが高い健康状態の方に早めに介入できます。
そこで開発しているのが、自らチェックできるスクリーニング票です。自分の健康状態をチェックしてもらうことで「高血圧になりやすい」「強いストレスが掛かっている」といった情報を取得することができます。
「避難所生活では、我慢してしまう人が多いんです。言葉では言いづらいことでも、チェックを付けるだけなら、伝えるハードルが下がると思います」と古賀先生は話します。
<2.訪問看護ステーション向けのアプリ開発>
災害時、訪問看護ステーションでは、利用者全員の安否や健康状態を確認し、支援が必要な方のもとへ訪問しなければなりません。そこで、管理者の負担を減らすために、利用者の安否や助けが必要かどうかを瞬時に把握できるアプリを開発中です。
「『被災しているけど家族の支援があるので訪問は不要』といった意思表示を利用者側からしてもらえれば、どの方が支援を必要としている方か短時間で判別が付き、その方の所に迅速に駆け付けることができます」。
これまでの災害でも、看護師や保健師などの専門チームが被災者を支えてきました。万が一被災したとしても、これまでの災害経験を踏まえた支援体制が既にあるだけでなく、災害看護の視点からの研究も進んでいます。
一方で、災害関連死は、一人一人が何がリスクかを知り、日頃から備えることで防げる場合もあります。自分や大切な人の命を守るために、まずはハザードマップを確認して、必要な備えや避難行動について考えてみてはいかがでしょうか。
◎ミニ情報◎
在宅避難は、避難所と比べてプライバシーを確保しやすく、精神的なストレスが少ないとされています。自分のペースで生活できるため、体を動かしやすいというメリットもあります。
一方で、電気・ガス・水道などのライフラインが停止する可能性がある他、避難所に比べて支援や情報が届きにくくなるため注意が必要です。
「自宅に損傷がない」「自宅は高台にあって安全」等の理由から自宅避難を選ぶ場合は、飲料水や食料、携帯トイレ等を十分に備えておくことが大切です。
【関連リンク】
医学部看護学科ウェブサイト
