近年、各地で頻発する豪雨は、私たちの暮らしに大きな影響を及ぼしています。しかし、その仕組みや危険性を正しく理解する機会は多くありません。
そこで本企画では、専門分野の異なる5人の教員が、豪雨や災害等の実態とリスク、対応策等を本学の取り組みを通してお伝えします。「知ることは備えること」。一人一人の判断や行動を支える力になればと考えています。
初回は、工学部社会デザイン工学科の渡辺亮一教授(流域システム研究室)に話を聞きました。
<知っているようで知らない、都市を水害から守っている優秀な排水システム>
雨が降ると屋根に落ちた雨水は雨どいを伝い、下水管へと導かれます。下水管は雨水を集めて川へと流し、川は海へと流します。屋根に落ちた雨水は、遅くとも15分以内には近くの河川に排水されます。
「都市を水害から守る主役は、下水道なんですよ」と渡辺先生は話します。
下水道は降った雨を全部集めて街から排除する、とても便利な仕掛けです。豪雨時には、福岡市に張り巡らされた総距離約7,300kmを超える下水管が、大量の雨水を集めて急スピードで川へ流し、街を水害から守っています。
しかし、近年では、豪雨に見舞われるたびに道に水が溢れ、田畑が水没するような事態が頻発しています。下水管による排水システムがほぼ完成している日本で、なぜこのような事態が起きるのでしょうか。
<下水管の能力を超える豪雨をどう処理するか>
福岡市ではこれまで、5年に1度程度の雨(1時間52.2mm)を基準に下水道を整備してきました。
参考:福岡市ウェブサイト、P9(1)雨水整備計画
「豪雨の時は、1時間に100mmを超える雨が降るってニュースで聞いたことがあるけど…?」。
と気付いた方もいるでしょう。実際、2025年8月には、線状降水帯が発生した宗像市で1時間に110mmの雨を記録し大きな被害が出ました。
参考:読売新聞 「福岡県に線状降水帯、宗像市で1時間に110ミリの雨…11日朝にかけ各地で危険度高まる可能性」
こうした事態に対応する一つの案としてよく挙げられるのが、下水管の径を広げて処理能力を向上させる方法です。しかし、これには2つの大きな問題があります。
1つ目は、河川の氾濫を招く点です。雨水排水機能は、下水道と河川をセットにして考える必要があります。仮に下水道が1時間に100mmを超える豪雨を処理できるようになったとしても、河川の流下能力が追いつかなければ、下水道から流れ込む雨水を海まで流し切れません。結果的に河川の氾濫を招いてしまいます。
2つ目は、都市では下水道が既に整備されている点です。福岡市では既に99.7%(※1)の下水道が完備されていて、市内約7,300kmを超える下水管の全てを取り換えるには多額の費用と時間が掛かります。
※1 下水道の普及率(福岡市ウェブサイトより)
これらの理由から、下水道を取り換える案は現実的ではありません。現在ある下水道を生かしつつ、別の方法を検討する必要があるのです。
大雨被害で問題となるのは、雨水が集中し過ぎることです。つまり、豪雨時に下水道に雨水がすぐに流れていかないように、一時的に貯めたり、他の場所で処理できたりすれば、下水道に入る雨水を減らすことができます。

<あなたも当事者!他人事ではない、住民1人1人の行動が求められる「流域治水」>
2022年に国土交通省が打ち出したのが、新たな治水方針「流域治水」です。国や自治体主体の治水から転換し、「流域に暮らす全ての人々」が主体となって水害対策に取り組む考え方で、これにより、公共事業として民有地に水害対策施設を作ることができるようになりました。
福岡大学の近くには、下流で樋井川と合流する七隈川が流れています。大学の敷地面積は七隈川流域の約10%を占めるため、学内に貯留施設を作れば水流抑制効果が期待できるのではないか…。渡辺教授は、樋井川の上流に位置する福岡大学に施設を作ることには大きな意味があると考え、福岡市と協議を重ねました。
<「大雨が降れば貯める。雨が止めばグラウンドとして使う」福岡大学の取り組み>
2026年6月、福岡大学と福岡市は水災害への備えを強化するための連携協定を締結しました。キャンパス内のラグビー場西側グラウンドに家庭用のお風呂約7,000杯分の雨水(約2,000㎥)を貯められる施設を設置するものです。
一般的にグラウンドは中央が高く、端に向かって緩やかな勾配が付いています。端には側溝が設けられており、雨水が速やかに下水道へ排水される仕組みです。
新しく設置される施設では、グラウンドを高さ40cmの壁で囲ったうえで、雨水が流れ込む下水管の入り口を狭く絞ります。こうすることで設定以上の降雨があれば、行き場のない雨水2,000~3,000tをグラウンド内に貯めることが可能になります。
<「グラウンドの土を「トース土」に改良することで両立を実現>
雨水貯留浸透施設とグラウンドの両立を可能にしているのが、渡辺先生が開発した「トース土(とーすど)」です。トース土は、土にポリマーや固化材を混ぜ込んで「団粒化」(土の粒子を小さな塊にすること)させたもので、適度な隙間が生まれるため、雨水を速やかに地中へ浸透させられます。
施設の本来の用途はグラウンドなので、雨が止んだ後は速やかに排水し、利用できる状態に戻さなければなりません。一般的なグラウンドに水を貯めると、すぐに排水できず、しばらく使えなくなってしまいますが、トース土に改良されていれば排水後もすぐに表面が乾き、グラウンドとして使用できます。
トース土は、20年程前から福岡大学サッカー場や福岡県立城南高等学校(※2)のグラウンドに使われていて実績も十分でした。
「研究室に所属する卒業生曰く、城南高校のグラウンドは水はけが良いので、雨で部活が休みになることは滅多に無いことで有名らしいです」と渡辺先生は笑います。
※2 水害対策目的ではなく浸水効果を活用した土ぼこりの発生対策として施工
説明を行う渡辺先生
トース土(左)と一般土(右)の排水性を比較
<水害を防ぐために1人1人が今できること>
Q.私たちに今、できることは何なのでしょうか。
一番良いのは、庭の一角に「トース土」のような浸透効果のある土で場所を作り、雨どいの水を導いて地下に浸透させることです。全員が取り組んでくれたらとても効果的だと思います。雨水タンクから始めてみるのもおすすめです。とにかく、雨水を下水管に入れないようにすることが大切です。
Q.では、皆が土に雨水を浸透させることで地下に問題はないのでしょうか。
今、街中に降った雨は、ほとんど地中に浸透していないんですよ。ほとんどが下水管を通じて川に捨てているので、染み込む間が無いんです。だから、今、都市の中の地下水位はとても低いんです。
地下にはまだまだ水が入る容量があります。現状は、あまりに地下水位が低くて、海水が陸地の地下に侵入する問題が起きているくらいです。海水が内陸に入ってくると、井戸水を使えなくなってしまいます。皆が庭に雨水を浸透させ始めると街は少しずつ涼しくなっていきますよ。地中に蓄えられた雨水は晴れた日に蒸発してくれるので。
渡辺先生の研究室では、学生が、雨水の浸透と河川の水位を科学的に検証したデータを載せたパンフレットを作成しています。城南区内の住宅への配布も行いました。

学生が作成した雨庭ガイドブック
『流域治水は住民全員で』ということを認識している人が少なく、自分が当事者の一人だという意識が無い方がほとんどだと思います。高台に住んでいて被害に遭うリスクが低い人も含めて、全員が小さな取り組みを重ねていかないと、被害を減らすことはできません。
まずは、雨が降った時にどれくらい雨水が溜まるのか、観察してみてほしいです。その結果、雨水を地中に浸透させたり、一時的に貯留したりする取り組みが広がっていけばいいなと思います。
雨水を庭に浸透させた場所に植物を植えてビオトープのように整備
研究室には実際に雨庭を制作
◎ミニ情報◎
雨の日にお風呂の水を捨てても大丈夫なのか、気になる方も多いかもしれません。
福岡市のほとんどの地域では、雨水と下水を別々の管で処理する「分流式」が採用されています。お風呂の排水と雨水は別の経路を通るため、通常は特に問題ありません。
一方で、市内の一部や市外では雨水と下水を同じ管で処理する「合流式」が採用されている地域があり、その場合は状況によって注意が必要です。お住まいの地域の方式を確認してみると安心です。
【関連リンク】
工学部社会デザイン工学科ウェブサイト
